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ジャイアンツ木村拓也コーチの死を悼む
4月2日球場で崩れ落ちるように倒れた衝撃的な映像が流された後、悪い状態が続いていると言われていたジャイアンツ木村拓也コーチの訃報がとうとう伝えられることとなってしまいました。本当に残念でなりません。

ドラフト外でプロの世界に入り、野球選手としては小柄な体でその世界で生き残るために投手以外のすべての守備をこなし、バントや走塁などの小技にも優れ、プロに入った後ではスイッチヒッターまで習得してしまいました。何度も言われていることですがユーティリティープレイヤーというのは真に現役時代の木村拓也コーチのためにあった言葉ではないでしょうか。現役だった昨年のヤクルト戦でアクシデントで交代のキャッチャーが一人もいなくなってしまい、突如木村コーチがキャッチャーマスクをかぶることになってしまっても、150kmのストレートを投げる速球派ピッチャーを見事リードしきってチームの窮地を救ったのはとても大きな話題となり見る人に感動を与えました。まさにユーティリティープレイヤー木村拓也、ここにありです。そして選手として苦労して磨いたその高い技術をもってすれば、それを後進に伝えるというコーチとしての仕事に対する明るい未来を期待した人も少なくなかったはずです。昨年引退したばかり、そしてこれから現役よりも長くなるかもしれない野球人としての第二の人生が幕を開けたばかりでした。37歳。あまりにも突然で若すぎる死だというほかありません。

ちょっと話は変わりますが、今ではすっかり元気とはいえちょうど2年ほど前私の母も木村コーチと同じクモ膜下出血で倒れました(実は私がリクガメを飼い始めたのは母のこの病気がちょっとした契機になってたりします)。手術後2、3日は木村コーチと同じように意識が戻らない状態が続き、最初は突然最悪の事態も覚悟しなければならない状況に置かれ気持ちの置きどころにも困り、半信半疑というかきつねにつままれたような気分でいたのをよく覚えています。昨日までとても元気そうにしてたはずの人が何の前触れもなく、突然目の前で死の危険に直面しているわけですから周りもすぐには状況が飲め込めないわけです(正直にいえば慢性的に血圧が高いということはあったのですが、本人が極度の病院嫌いなため頑なに医者に診せようとせず、高いという話を聞いてからすでに何年も経過していたこともあり、危険だという認識は完全に麻痺していました)。

幸いにもその後母は意識を取り戻したうえに後遺症も全くなく無事に退院するとができました(とはいえ一月ほどの入院中は本人も家族もなかなか大変なものがありました)。そして病院でも意外と元気に歩いて帰る患者さんは多いという話を聞いていたので、以前ならクモ膜下出血と聞いただけでほぼ絶望的だというイメージが支配的でしたが、近年は事情が少し変わったのかなあと認識も変わりました。そして手術も医者の話を聞く限りとても負担が少ないものでわりとすぐ終わる(終わった)という話も聞いていました。従ってテレビで木村コーチが倒れるのを見てもあれは母と同じだ(もちろんノック中に突然前のめりに倒れるという映像自体は衝撃的だったのは間違いないですが)、そして意識不明の状態が続いていると報道されてもやはり母も2、3日はそうだった、さらには倒れてすぐに病院に運ばれたんだからきっと大丈夫ではないだろうかと内心楽観的ですらありました。

しかし木村コーチを襲った運命は大雑把に1/3の死亡率といわれるこの病気で彼を最悪の方へと導いてしまいました。呆気なく、それは突然にやってきて終わりを告げました。病院に運ばれたときにはすでにレベル5、最悪な状況であったとのことです。倒れてすぐに診断を受けられても出血量が多ければそれだけ危険度は増すということなのでしょうか。繰り返しますが37歳。好きなチームの好きだった選手、そしてコーチとしてのこれからを期待していたファンの一人としての悲しみと、母の世代のから一段も二段も降りてきて、私と同世代の身近な若すぎる死を目の当たりにした痛ましさの両方を感じざるを得ません。

球場での木村拓也選手は主砲でもエースでもありませんでした。しかし明るくガッツがあり頼りになる忘れられない素晴らしい選手でした。あなたがトレードで広島から巨人へやってきて、球場でその勝負強いバッティングを見せた時、素晴らしい守備を見せた時、多くのジャイアンツファンは良い選手が獲得できたと小躍りをして喜びました。広島でも巨人でも多くのファンに愛された選手でした。

ジャイアンツ木村拓也内野守備走塁コーチのご冥福をお祈りし、又ご家族の方に謹んでお悔やみを申し上げたいと思います。






ところで私も酒(とそれに伴う暴食)が続くと血圧が上がるんですよね(汗。しばらく摂生を心がけると標準値に戻るのですが、そういえば最近血圧計ってなかったなあ…(滝汗。

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その他 | 01:37:18 | トラックバック(0) | コメント(8)

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